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【緊急提言】学校再開とマスク装着による主に中学生に対する身体的影響について

     ー中国の突然死報道の解析に基づく、学校教育現場への提言ー


5月12日付け 朝日新聞デジタル

「高性能マスクで1キロ走、中学生急死 休校解除の中国で」

の記事によると、

「4月中旬以降、各地で高校や中学の登校が再開されている。そんな中、内陸部の河南省と湖南省で4月下旬、体育の授業中にマスクを着用していた中学3年生が突然倒れ、死亡する事故が相次いだ。湖南省のケースでは、生徒は医療用の高性能マスクをつけたまま1千メートル走をしていたという。」

とのことです。

日本でも、休校明けの体育の授業におけるマスク着用については慎重に考えるべき問題であり、

この報道より

・日本でも同じようなことが起きる可能性があるのか

・マスクと突然死に関連があるのか

・どのようなことに注意すべきか

が主な論点として挙げられそうです。

そして中国でのこの出来事を分析するにあたり、限られた情報から「突然死とマスクの因果関係」を調査するには、同時に以下のキーワードも考慮に入れなければなりません。

それは「中学生」と「運動負荷」です。

これを図にすると、以下のような概念図になります。

このうち、【運動と中学生】、【中学生とマスク】についてはウイルス感染の懸念が払しょくできない学校現場で体育の授業が再開されたということで、それ以上でも以下でもありません。





ここでは、以外のつながりとして、①【突然死とマスク】、②【中学生と突然死】、③【運動負荷と突然死】の3つの関連性を中心に当団体の見解を述べます。

①突然死とマスクの因果関係

記事では『中国の専門家の意見として「高性能マスクをしたまま激しい運動をすると、深刻な低酸素状態を引き起こす危険性がある」と指摘。さらに、在宅授業が3カ月近く続いて運動不足になっている生徒が多いとし、「いきなり激しい運動をするのは避け、散歩など負担の軽い運動で徐々に体力を回復するような授業を実施してほしい」と呼びかけている。』と報道されています。

これは概ね正しいと思います。

高性能マスク、例えばN95マスクであれば、適切につければつける程、息のもれがなくなるので息苦しくなるのは事実であります。(逆に言えば、N95マスクをつけて数時間もいられるのは、適切につけられていない証拠でもある)

Li Yらの報告(Int Arch Occup Environ Health. 2005 Jul;78(6):501-9.)でも、N95マスクは通常のサージカルマスクに比べて有意に心拍数や呼吸抵抗などを上げるとされています。(Both surgical facemasks were rated significantly lower for perception of humidity, heat, breath resistance and overall discomfort than both N95 facemasks)

しかしながら、N95やサージカルマスクなどの“フェイスマスクと突然死”の直接関連を調査した報告は渉猟する限りありませんでした。

そのため、まず【中学生と突然死】の関係について考察しました。

②中学生と突然死の関連

報道に挙げられていた、中国の中学生と突然死の関連を資料から統計と用いて調査しました。

まず中国の中学生は在校生で44420630人です。(中国教育統計年鑑2017年版)

このうち、ニュースで取り上げられていた、河南省と湖南省の中学生在校生の総数は、中国の総人口における上記2省の総人口の比率と等しいと仮定して、計算すると、

中国統計年鑑2018年版より中国の総人口は139008万人、このうち河南省と湖南省の合計総人口は、9559万人と6860万人で、計16419万人、これを総人口で割ると11.8%となりますので単純に計算すると、

44420630人×11.8%=5246765人

となり、河南省と湖南省の中学生在校生の人数は、524万6765人と推定されました。

中国の学校管理下における突然死のデータにアクセスできないため、日本における学校管理下の心臓系突然死の発生率を調べると,1980 年代には発生率約 0.5 件(/10 万生徒・年)であったが,徐々に減 少し,2010 年以降は 0.1 件(/10 万生徒・年)未満まで低下したという報告[注1]がありましたので、

0.1 件(/10 万生徒・年)とすると、1年で52.4件となります。

4月中旬から4月下旬の間を仮に10日間とすると52.4件×10/360=1.4件(1週間なら1件)となります。

通常、上記2省において10日間で平均1.4件である学校管理下の心停止が“相次いでいる”のならば、それは実際に例年と比べて多いような印象を受けます。(統計学的にどれほど有意に多いかは未分析です)

ただし、中国の内陸省で日本と同じようにAEDが整備されているかどうかは不明であり、仮にデータのある日本の1980 年代には発生率約 0.5 件(/10 万生徒・年)と学校保健・医療体制が同じ状態であるとするならば、1.4件の5倍であるので、7件(4月中旬~下旬)と予想され、あたかも“相次いでいる”ように見えても想定の範囲内といえることもできます。

(“相次いでいる”という表現がどれほど具体的な数値かわからないのが、日本語のくやしいところです)

上記の前提を十分に加味した上で、次の考察に続きます。

(ここから先だけを切り取って拡散や報道されるのは、本来は望ましくありません。ただし、注意喚起という意味においてはある程度しかたがないと思います。)

次に突然死と運動(特に若年者の運動)の関連を調査しました。

③突然死と運動の関係

これを解析する際に、まず東京マラソンの例を挙げさせていただく。東京マラソンは過去12回(2007年〜2018年)開催され、約42万3千人のランナーが参加し、そのうち11名のランナーが走っている最中に突然倒れ、心肺停止に陥っています。これは約3万8千人に1人、10万人あたり2.60人の割合です。(東京マラソン公式HP:メディカル情報より

若年者の運動中の突然死発生率は、近年の報告では、高校生・大学生において5~6.7万人に1件程度と推定されていますが[注2]、研究が対象とする母集団の大きさや突然死が1件生じるかどうかでデータが大きく変動するために,過少評価されている傾向は否めません。突然死の全数報告が義務づけられているアメリカ若年兵(年齢中央値19歳)に関する報告では、運動に関連した突然死の発生率は9千人に1人とされ[注3]、決して低くはありません

Maronらの報告[注4]によると,若年スポーツ選手の突然死の原因としては肥大型心筋症,心臓震盪,冠動脈奇形の順に多く,非心臓突然死の原因である喘息,熱中症,脳血管障害は少数であるとされています。

小川らの報告[注5]では「日本スポーツ振興センターのまとめによると、平成17年から24年の学校管理下における小・中学生の心臓突然死は小学生が31件、中学生が51件と合計82件が報告されている。年間発生件数は7件から16件であり、男児、特に中学男児に多い。小学生では4年生以降から増加し、有意な男女差はなく、午前中に多い傾向にあり、約60%は運動に関連した心臓突然死であった。一方、中学生では約80%と圧倒的に男児に多く、約80%は運動に関連して起こっているものであり、午前中では教科体育中、午後においては体育系部活動に絡むものが大部分を占めている。

 以上をまとめると、小・中学生の学校管理下における心臓突然死は小学校4年生以降に増加し、特に中学男児に多く、午前中の運動に関連した場合が多い。」と述べられており、中学生の運動負荷と突然死のある程度の関連(因果関係が証明されたわけではない)があることがわかります。

このような背景から、ようやく、この夏の日本における学校再開の体育の授業中のマスクによる突然死のリスクについて分析することができます。(これから先は多くの仮説を含みます。)

休校明けの体育でのマスクの使用は、体に対する高度な負荷を生む可能性があります。

その理由として挙げられるのは、

  • マスクによる酸欠状態(正しくは呼吸抵抗の増加や心拍数の増加)

  • 中国と違い再開が夏の暑い時期となるため熱中症による心臓を含む体内臓器への負荷

  • 巣ごもりの環境で運動していない状態からいきなり運動することによる身体への負荷

です。例えるなら、この時期のマスクをつけてのいきなりの運動は、素人がいきなり高温かつ高地でのトレーニングをするのと同じで、体に一気に強い負担がかかると予想されます(確実ではありませんが、相当程度強く推測されます)。

中学生はまだ心肺機能が発達途中であったり(※1)、隠れた心疾患がある(※2)可能性もあるため、突然死のリスクについては例年よりも上昇している可能性があるというのは否定できません。

(※1:心肺機能のピークは10代後半から20代前半と言われています)

(※2:学校で運動中に発生した児童生徒の心停止を対象とした調査では,188件の心原性心停止のうち,WPW症候群,Long QT症候群, 肥大型心筋症といった検診等で事前にリスクを把握できていたような症例はわずか12%程度であるとされています。)

先の図でいうと、赤色の矢印を通ってマスクと突然死の関連が示唆されます(もちろん因果関係は完全に証明はできていません)。


従って小学校4年生以降を対象とした心臓突然死、ならびにそれに対する対応策として心肺蘇生が重要となります。


最後に、どのようなことに注意すべきかを述べます。

・学校関係者はAEDの使い方、場所をもう一度確認すべき必要があります。

・体育の授業は、軽い運動から初めて徐々にならすなどの配慮が必要です。

・授業中でも水分補給の徹底や涼しい環境の整備を熱中症予防啓発ネットワークとして提言します。

AEDは既にほとんどの小中高学校に設置されており、その迅速な活用と、その前後の血液循環を助ける胸骨圧迫(心臓マッサージ)の徹底という救命体制を学校現場で整備強化することにより、100%近い救命率を実現することも決して不可能ではありません。(「学校での心臓突然死ゼロを目指して」より:

日本循環器学会 AED 検討委員会 http://www.j-circ.or.jp/cpr/call.html)

アフターコロナでは、まだ誰も経験したことがないような状況が次々と起こりえます。それを予防し、健康リスクを最小限に抑えるためにはエビデンスよりも想像力(イマジネーション)の力が重要です。

感染を避けるという意味でのマスクの重要性は論を待たないため、感染のリスクとマスクの心肺機能へのリスクを天秤にかけながら、学校現場での総合的なリスクを下げる取り組みが求められます。


熱中症予防啓発ネットワーク代表

堺市立総合医療センター 救命救急科

犬飼 公一


(ご意見、ご指摘、補足意見等がございましたら、上記メールアドレスよりご連絡頂けますと幸いです。)

[注1]学校管理下突然死の現状と課題: 救急蘇生・AED 普及に伴うパラダイムシフト

鮎沢衛,日本小児循環器学会雑誌, 2016

[注2] Automated external defibrillator use at NCAA Division II and III universities.

Drezner JA, Rogers KJ, Horneff JG.

Br J Sports Med. 2011 Dec;45(15):1174-8.

[注3]Sudden death in young adults: a 25-year review of autopsies in military recruits.

Eckart RE, Scoville SL, Campbell CL, Shry EA, Stajduhar KC, Potter RN, Pearse LA, Virmani R.

Ann Intern Med. 2004 Dec 7;141(11):829-34.

[注4]Maron BJ, Shirani J, Poliac LC, et al. Roberts WC and Mueller FO. Sudden death in young competitive athletes: clinical, demographic, and pathlogical profiles. JAMA 1996; 276: 199-204. 186.

[注5] 小・中学生への心肺蘇生およびAED使用に関する教育を考える

小川 俊一,東京小児科医会報33巻2号 Page78-81(2014.11)



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